nahrunの日記

大学で鬱になり、自殺も出来なかった。弱っちい人間の話。

「誰が産めと頼んだ」今頃ミュウツーの気持ちが良くわかる

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遠くに見える街並みの光。暗い空。強い風。草の匂い。
そのどれもが自分に「死ね」と言っているようだった。
そしてそれは僕にとってもありがたいことだった。

 

死にたいと思って何故だか家を飛び出した。
首吊り用のロープを買えなかったのである。
時間はもう深夜。どのホームセンターもしまっているだろう。
どうしようもなくて、何もすることもなくて家を飛び出した。

 

この写真は僕の実家の近くにある土手だ。
近くには大きな川が流れていて。その向こうには知らない工場。
人気はいつもない。ただずっと川沿いに道が続いているだけ。
こういう場所が好きで、何かに悩んだときはよく来る。
大事な決断があるときはいつもここに来て考えていた。

 

その日僕は大きな決断を迫られていた。それは

 

「死ぬ」か「生きるか」だ。

タバコの煙に揺られながら考えていた。
死んだほうが楽なんだ。何もしなくていい。
もう自分は一歩も努力したくないのに、
周りは、社会はそれを許してくれそうにない。
それがたまらなく辛くてどうしようもなかった。
もう死にたい、消えてしまいたかった。

 

それでも、死についてリアルに想像すればするほど恐怖感が募った。
死ぬと何もない。何もできない。
もう何もしたくなかったのに、何故かそれを後悔する自分もいた。
そして残される人の悲しみまで想像する自分もいた。
さっきまで自分の悲しみが一番大事だと思っていたのに。
死のうとすると、周りの悲しみのことまで考えてしまう。

 

一体何が僕に「生きろ」と言っているのだろうか。
そいつは誰なんだ。そいつさえなければ死ねるのに。
自分の「生きたい」という思いに腹が立つ。

 

家族も友人も恋人もいなけりゃすぐに死ねたのに。
悔しい。
死ぬこともできないのが悔しかった。

 

みんななんで生きているんだろうか。
楽しいことなんか全然ないのに。
死にたいくらい辛いことの方がずっと多いのに。
それでも何故みんな生きていこうとするのだろうか。

 

「誰が産めと頼んだ。」

 

今になってミュウツーの気持ちがよくわかる。
頼んでもないのに生みやがってこんちくしょうが。

 

もしも今度生まれ変わるなら、いやもう生まれたくないが
それでも生まれるとしたなら、
僕は人間はいやだ。
欲を言えば、脳の大きい生命体はいやだ。
出来るだけ脳の小さいのが良い。指先に乗るくらいのちっちゃい脳のやつ。

 

それならきっともっと楽だったろうに。
島田晋助も「生まれ変わるならフラミンゴ」だと言っていた。
理由は何も考えなくて済むから。
その通りだと思う。
あいつらは楽しそうだ。自然に素っ裸で生きている。

 

野生の動物は良い。
あいつらは餌を取ることに全力だから。
瞬間に生きている感じがするから。
将来どうなるとか、過去がどうだったとか考えない。
願わくば僕もそんな風に生きてみてかったものである。